• 栃木県栃木市の御菓子司、創業延宝元年『松屋』
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秋の訪れ
2011.09.29

 


毎年想うことながら、

暑さ寒さも彼岸までー  とは、よく言ったものですね。

お彼岸が明けた頃から、すっかり秋めいてまいりました。

 

蜩の声が鈴虫の音色に変わり、

空の色も、雲の形も、風のかほりも、そして花たちもー

 

名残の花…朝顔や、芙蓉の花は影をひそめ、

庭には、水引が咲いています。

上から見ると赤く見え、下から見ると白く 見えることから、

紅白の水引に見立て、その名がつけられたといいます。

決して華やかな花ではありませんが、すっと伸びた細い茎に、

ちいちゃな実のような花をつけた姿は、いかにも茶花に相応しく、

きっと利休も、こよなく愛した花のひとつではないかと思いながら眺めています。

 

これからは、さまざまな花が咲く季節。

花を愛で、温かいお茶を飲み、和菓子を味わう…。

みなさまに悦んでいただけるよう、秋の彩りの京菓子と共に、

季節感溢れる和菓子を、たくさんご用意致しました。

少しずつ色づく太平山の散策や、巴川の川下りを愉しまれた帰り道にでも、

お立ち寄り戴けたら嬉しく思います。


 

 

お月さま
2011.09.13
 
○昨夜は、十五夜○ 
その名にふさわしい、とても美しいお月さまを愛でることができました。
例年であれば、「お月見まんじゅう」が店頭に並ぶのですが、
あいにく定休日と重なったため、常連のお客さまにお召し上がり戴けなかったのが残念でした。
 
ところでー
日本人が自然に宿る精霊を信仰していたのは、縄文時代からと言われています。
中でも月は、月の満ち欠けによる潮の干満や、女性の月経周期が月とも関係があるとさえ
信じられていました。
さらに満月による月の明かりは、現在のような照明器具のなかった古代においては特別に神聖視され、
古代縄文人は、満月の明かりで祭りや集会をしていたとも言われています。
「月うさぎ」や「竹取物語」などの昔話からも、日本人の月への想いを窺い知ることができます。
一方、これら日本人の月信仰と比較して、西洋諸国では月を忌み嫌うのが対照的です。
西洋人によれば、月は死を暗示するものとされています。
実際に現在でも西洋諸国では、満月の日に凶悪事件が起きることが多いというから驚きですね。 
怪物狼男の話でも、狼男は満月を見て人間から狼男に変身すると言われており、
西洋人の多くは満月を見ると情緒不安定になる傾向が強いというのですから、
ところ変われば…とはよく言ったもので、本当に不思議なものです。

 
先日、このブログで「名残りの花」としてご紹介した、朝顔が咲き始めました。
ことのほか残暑厳しい中、可憐な花は涼やかにゆれ、道行く人たちに微笑んでいます。
花はいいですね〜。
厳しい顔や哀しげな顔も、瞬時に明るくしてしまう…有り難きものです。
 
秋も深まる頃には終える花から、一粒ひとつぶ種を集めて…
また来年も撒くと致しましょう。
 
 
 
 
「食」こそ芸術
2011.09.01

 

今日から9月。

長月とも呼ぶのは、夜が長くなるから…とか。

たしかに、この月に入った途端、暗くなるのが早くなるような気がします。

 

8月最後の夜ー

夏の終わりともいうべき昨夜、わたしは夢のようなひと時を過ごしました。

ずっと憧れていた、パティシエ・西原金蔵さんのデザートを堪能する機会に恵まれたのです。

それは、西原金蔵という一人の人間を、丸ごと知ることができる…といっても過言ではない、

「本物の真髄」という本が出版され、その記念パーティーの席でのことでした。

会場は宇都宮のオトワレストラン。

アラン・シャペルの弟子、音羽さん&西原さんによる、まさに夢のコラボ。

京都から駆けつけられた西原さん自らが厨房に入られ、わたしたち出席者は、

ゆっくりと流れる時間の中で、つくりたての3種のデザートを愉しみました。

それはどれ一つとして奇をてらったものではなく、むしろオーソドックスなデザートなのに…

一つひとつが新鮮で、奥深くて、やさしくて… 

その美味しさ、その満足度は、とても言葉にできるレベルではありませんでした。

ただ、はっきりと感じたのはー

「お客さまに悦んで戴きたい。お客さまに愉しんで戴きたい」という、西原さんならではの、

極上エッセンスがたっぷりと含まれていた…ということ。

わたしは「ごちそうさまでした」と、何度も何度も心の中で手を合わせました。

 

芸術と呼ばれるものは数多くありますが、

まずは目で愉しみ、次に舌で味わい、さらに胃袋を悦ばせ、ついには心をも満たす。

おまけに翌日までもその余韻に浸らせてくれるー  

そこまでの倖せを感じさせてくれるものが、はたして他にあるでしょうか。

「食」とは、なんて素晴らしい!これこそ芸術の極みであると、痛感しました。

 

和菓子も、和菓子ならではの素晴らしさがあるように思います。

例えば、陰暦9月9日の重陽の節句。「菊の節句」とも呼ばれています。
昔、生命力の強い菊の花は霊草とされており、重陽の前夜、菊花の上に綿をおいて、

夜露・朝露・香りを移したものを、「着せ綿」と呼び、その綿で顔を拭いたり衣服に使用したりして、

不老長寿を祈ったといわれます。

今では耳にすることもない風習ですが、和菓子にはその「着せ綿」というお菓子があるのです。

はんなりとした色の菊の練切の上に、綿に見立てた白い練切をのせた上生菓子です。

古の、そんな雅な風習を再現する…  

これぞ和菓子ならではの醍醐味、といえるのではないでしょうか。

 

 

 

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