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なごり雪
2012.02.29

 

     ♪汽車を待つ君の横で僕は時計を気にしてる

       季節はずれの雪が降ってる…

      君が去ったホームに残り 落ちては溶ける雪をみていた 

      今、春が来て君はきれいになった

      去年よりずっときれいになった…                                                                 

 

 

ふるさと会津では、卒業シーズンになると駅の構内に、この「なごり雪」の曲が流れたものでした。

それぞれの道へと進む人たちの、その旅立ちを見送った駅のホーム。

その時の涙、笑顔、手のぬくもり…目を閉じれば今もなお、セピア色に蘇ります。
真っ白な雪が会津の山々に化粧を施し、旅立つ人の肩を、髪を、悲しいほど清らかな白に染めてー

それはまさに、「なごり雪」と呼ぶにふさわしい…そんな雪でありました。

 

 

今日の雪は、ぼたん雪。

綿菓子の好きなわたしは、こっそり 綿雪 と呼んだものです。

都内でも積もった所が多く、通勤・通学には厄介な雪であったとは思います。

しかし、わたしはなんだかいじらしさを感じていました。

寒すぎた今年の冬が、「いつまでも寒くしてごめんなさいね。お詫びに美しい雪景色を贈ります」

と言って、空から贈ってくれた なごり雪 のような気がしたのです。

きっと、名残り惜しい気持ちが大きかったのでしょう。思い余って降らし過ぎてしまったようです。

どうぞ、許してやって下さい。

 

 

今夜も気温が低いので、明日の朝路面が凍ることだけが心配です。

早朝に家を出られる方は、くれぐれも気をつけてお出かけ下さいますように…。

 

 

 

探梅(たんばい)
2012.02.23

乾燥が続き、インフルエンザなどが猛威ふるうこの季節、雨はまさに「恵みの雨」。

今朝からの雨も、わたしたちのみならず全ての動植物にとって、有難いお湿りとなったことでしょう。

それにしましても…今年は本当に寒い冬でした。

いつにない豪雪のせいで命を落とされた方も多く、津波同様に自然の厳しさを痛感させられました。

けれどー

明けない夜などないように、太陽はゆっくりゆっくり光を増しはじめ、

雨もまたひと雨ごとに優しさを増して…確実に春は近づいてきます。

例年よりかなり遅れている梅の開花とて、陽の当たる場所では蕾が大きく膨らんで、

ところどころに白い花びらを覗かせています。

梅の愉しみ方は、観る時期によって三つの呼び名があるのをご存知でしょうか?

咲き始めの頃には「探梅」、満開の頃は「賞梅」といい、咲き終わりを惜しみながら味わうのを

「送梅」といいます。

わたしが最も愛する花は桜ですが、長い冬の寒さに耐えながらも健気に花を咲かせ、

凛として佇む白梅もまた、愛おしい花のひとつとなりました。

まだまだ寒い日は続き、寒がり屋さんにとっては特に外出を躊躇されがちですがー

晴れた日には思い切って、探梅に出かけられてはいかがでしょう。

清楚な梅の香りに、きっと心も清々しくなると思います。

その際にはくれぐれも風邪などひかれぬよう、暖かくしてお出かけ下さいますように…。

 


悔いなきお別れ
2012.02.16

  

おばあちゃんっ子だった私は、幼い時から高校生になるまで、多くの時を共に過ごしました。

今は亡きその祖母から、わたしはどれほど多くのことを学び、どれほど大きなパワーを貰っていたか…

最近、ことあるごとに感じることが増えました。

「祝い事はなぁ、後になって駆けつけてもその人を心から祝福することができるじゃろう?

しかし、お葬式だけはそうはいかん。その人との最期のお別れじゃからのぅ。

   ー出逢ってくれて有難う。ともに生きてくれて有難う。     …さようなら ー

そう言って旅立つ人を見送るのに、後で はない。何をさしおいても駆けつけなければ悔いが残る。

長い人生の中、やむをえず残してしまう悔いもあろうが、残してはならぬ悔いがあるんじゃ。

こんなにも広い地球上で、神さまが出逢わせてくださった人さまとのお別れの時を…大事にせんと、な」

                                                                 嫁いで間もない頃、大学の後輩が若くして命をおとしました。

和菓子屋では、最も忙しい年末の時でした。

猫の手も借りたいくらいの状況、まして嫁としての立場上、その務めを欠いて駆けつけることは、

常識からすれば良いことではないかもしれません。

でも、その時の私には、爪の先ほどの迷いもありませんでした。

すぐに山梨へと駆けつけ、安らかに…と祈りました。

今思えばそれは、祖母の教えが息づいていたから…と確信しています。

そしてそれは、正しかったとー

  

 

                                                                     去る、二月十日。

二十代の若者が、突然病で命をおとしました。

ジャパニストという本の編集に携わり、今では編集長の右腕として、大いに期待されていました。

通夜式・告別式でお焼香する中、私は亡き彼と多くのことを語らいました。

そうして、深い悲しみに押しつぶされそうな私に、

「僕は、もっともっと学びたかった。もっともっと遊びたかった。もっともっと生きたかった…

でもね由紀さん、不思議なんだけど僕、悔いはないんです。

短い間でしたけど、僕はジャパニストの編集に関われて良かった。愉しかったなぁ…。

今までみんなに応援してもらいましたから、これからは僕が応援する番です。

なんたって、高い高い空の上から見下ろせるわけだから、何でも見えちゃう(笑)。

今まで有難うございました。僕、由紀さんのエッセイ好きでしたよ。これからも頑張って下さいね。

そして、ジャパニストのことも…よろしくお願いします。僕も、定期購読します。」

      

 

彼は笑顔で天へとのぼって逝きましたー

 

                                                                 私は、泣いて泣いて泣いて…涙でお清めをし、お別れすることができました。

帰り道、祖母が髪を撫でてくれた気がして空を見上げるとー

「大竹くんは、お婆ちゃんが引き受けたよ」とでも言うように、おひさまがニッコリ微笑んでいました。

 

 

 

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