• 栃木県栃木市の御菓子司、創業延宝元年『松屋』
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アリの気持ち
2012.05.31

 

この時期に箒で外を掃く時、とっても苦労しませんか?

だって地面にはたくさんのアリがいて、それをよけながら掃かねばならないのですから…。

一生懸命で真面目な働き者のアリさんを、無下にはできません。

当たり前ですが、アリから見たわたしたち人間は、巨人そのもの。

その巨人が、巨大な箒を持って襲いかかってくる…アリはどんなに恐ろしいことでしょう。

だからわたしはできるだけゆっくり掃いて、逃げる時間を考慮しながら掃除をしています。

 

アリといえば…幼い頃から不思議に思っていたのが、雨。

ふつう雨粒の大きさは2ミリほどだといいます。それが秒速5、6メートルの速さで落ちてきます。

人間にとってはどうってことないことですが、アリからすれば自分と同じような大きさの雨粒が、

ものすごい超特急で落ちてくるのですから、そりゃもう大変!

それが直撃すれば、よくてムチ打ちかギックリ腰、下手をしたら死んでしまいます。

でも雨の止んだ後、ムチ打ち症やギックリ腰になったアリなんて、見たことがありません。

水たまりに浮かんでいるアリすらも、見たことがない…。

いったいどうしてなのか、ほんとうに不思議でした。

雨が降ることをキャッチできて、避難しているのでしょうね、きっと。

これって、とっても凄いことだと思いませんか?

 

時にはー

アリのように小さな生き物の立場や気持ちになってみる…というのも大切かもしれません。

どんなに小さなものにも命があって、家族がいて、生活がある。

わたしたち人間は、そうした生き物たちの日々の営みを、決して乱したり奪ったりしてはいけない…

という気づきが生まれることと思います。

        

 

        みんな、みんな、大切な「いのち」ですもの、ね。

 

 


 

老舗の支え
2012.05.23

どの業界にも流行があるように、和菓子もまた例外ではありません。

生どら・白い鯛焼き・いちご大福・水まんじゅうetc…  流行り廃りとはよく言ったもので、

一時はブームとなったとしても、長続きしないのがほとんどです。

ごく稀に、そうしたお菓子を求めてご来店される方もいらっしゃいますが、残念ながら当店では

一切扱っておりません。古くからのお客さまから、そうしたモノのご要望も一件もありません。

流行にも乗らず、特別な新製品を生み出すことなくも、こうして三百年以上もの永きにわたって

商売を続けてこられたのはなぜかといえばー

いにしえの人々が長い年月をかけ、試行錯誤の上に今の和菓子が鎮座していることを尊重し、

その伝統と味を守る作り手と、それこそが本物!と、解って戴けるお客さまがいて下さるから…

ということに尽きると思います。

どら焼き一つとっても、さまざまな餡で試せば粒あんが一番合うと良く解ります。

その絶妙なるハーモニーを、わざわざ生クリームでかき乱す必要があるのでしょうか?

大福は、ご存知のように餅で出来ています…いや、できているはずです。ところが今や、格安の

求肥と添加物でこしらえ、苺をのせる。評価を恐れず言わせていただけば、苺農家の方が

丹精込めて作られた「苺」が美味しいから、「苺大福」が美味しい気がするだけ。

そもそも翌日になっても硬くならない大福を不審に思われなくなったのは、一体いつからでしょう。

最高級の国産もち米100%で作る大福と、栃木の誇る苺。それぞれの味を、それぞれに食して

こそ、本当の良さが解ると信じてやみません。

先日、そして本日と、遠くからわざわざ足を運んで下さるお客さまが口々に話されることは、

「大切な人への進物は、やっぱり本物を持参したいからね」と仰って下さいます。

老舗の蕎麦屋が、奇をてらったメニューなど加えず、愚直にその製法・その味を守っているように、

当店もまた、本物志向・本物の和菓子の味の解るお客さまのために、その期待を裏切ることなく

精進していきたいと思っています。

日本に老舗が多いのは、そうした伝統を大切にし、粋で、本物が解る人が多い国だから…

かもしれませんね。

 

 

 

苦言の有難み
2012.05.15

 


 

昨日の雲一つない天気から今日は一転、気温も下がった雨の一日でした。

そして明日は晴れて暑くなる…という予報。

少し前には突然の雷と、竜巻。先日は雹も降るという、目まぐるしいお天気が続いています。

考えてみれば、人生も同じようなものかもしれません。

晴れ渡る清々しい気持ちの時もあれば、どんより沈む時もある。

悲しみの淵に立ち、もう明日という日は来ないのでは…と悩んだり、苦しんだり。。

でも、朝は来るんですよね。すべての人に、平等に、ちゃんと来るー

ところで、

皆さんはどういう友人を持ちたいと思いますか?

嬉しい時には共に悦び、悲しい時は共に泣いてくれる友人でしょうか。

良いところを褒め、何かにつけて応援してくれる友人でしょうか。

たしかにみな素晴らしい友人像であり、誰だってそうした友人は大切にしたいと思うはず。

でも、ほんとうに有難い友人とは…あえて 苦言をいってくれる人 だと感じています。

言う方も言われた方も気持ちが良くなるような、耳障りの良い事をいう方が簡単です。

それなのにどうして苦言を? といえば、それは  大切な人だから  ではないでしょうか。  

永く付き合っていきたいと想う人であればこそ、その人の成長を願い、氣づきを与えるため、

決して甘くはない、苦い言葉を伝える…。

「苦言」とは、言われた人より寧ろ言った人の方に苦味が残るものと、わたしは思っています。

だから、「なんて有難いことだろう」と、感謝するべきことなのです。

そうやって、人さまに助けて戴きながら何とか成長していけるのかもしれません、ね。

  

 

 

 悩んでいる人、苦しんでいる人、みんなみんな…

 今夜は我慢することなく、思いっきり泣いてみませんか。

 そうして明日は誰よりも早起きし、ちょっぴり大きな声で太陽に「おはよう(^0^)サン」と声をかけ、

 元気ハツラツな一日をスタートさせましょう!


 

 

 

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