• 栃木県栃木市の御菓子司、創業延宝元年『松屋』
  • 栃木県栃木市の御菓子司、創業延宝元年『松屋』
  • 栃木県栃木市の御菓子司、創業延宝元年『松屋』
商品のご購入はこちらからどうぞ
御菓子司『松屋』トップページブログ『季のおとずれ』
離れない、心
2012.08.09


1991年、アジアの女性としては初のノーベル平和賞を受賞した、アウンサンスーチー。

長きにわたる自宅軟禁生活の中でも強い意思を持ち続ける凛とした彼女の姿は、ビルマ(現ミャンマー)国民の支えであり、軍事政権との過酷な闘いは、世界の人々の心を動かしました。

しかしその裏側に、孤独な闘いを支え続けた知られざる愛の物語があったことをご存知でしょうか。

 

1988年ー

英国で倖せな家庭生活を送っていたアウンサースーチーは、母の看病のため久しぶりに祖国・ビルマに戻りました。

そこで彼女が目にしたのは、学生による民主主義運動を軍事政権が武力で制圧する惨状でした。

そんな中、「ビルマ建国の父」と死後も多くの国民から敬愛されるアウンサン将軍の娘の帰国を聞きつけた民主主義運動家たちがスーチーの元に集まり、自分たちのリーダーになって欲しいと懇願します。

不安を抱きながらも民衆の前で立候補を決意するスーチーでしたが、それは軍事独裁政権との長い長い戦いの始まりであり、愛する家族との、引き裂かれた辛く厳しい人生の始まりだったのです。

なぜ、彼女はそんなにも過酷で孤独な日々を耐え抜くことができたのでしょうか。

それは…どんな時にも彼女を励まし、支え、愛し続けたイギリス人の夫の愛…。

彼は、病に倒れ死の床にあっても、彼女を呼び寄せはしませんでした。

   

   

   

   

      

 

      嗚呼、いとしき妻よ

      今一度、この胸に君を抱きしめたい

      あの、ほほえむ瞳を見つめたい…

   

      

 

      だが君は今、闘っている

      ビルマの人々のために 

      愛する祖国のために…

     

      

 

      そこを離れずともよい

      わたしの魂が君のもとへと旅立つ

      そう、もうじきだ…

  

 

最期まで離れなかった心とこころ。

これこそがアウンサンスーチーのすべてであり、最大の心の支えとなっていたのだと思います。

あらためて  愛  の素晴らしさを、痛感しました。

 

 

 

 

 

夏の食卓
2012.07.28

 

          ー暑中お見舞い申し上げますー

 

軒下に吊るした風鈴が、涼やかな音色を放ちながら揺れています。

庭ではかわいい蝶々が、撫子の花のまわりを可憐にかろやかに舞っています。

そんな光景をみていると…

厳しい暑さも、悩みや哀しみさえ和らぐから不思議です、ね。

 

とはいえ、どうしても夏は体力も食欲も落ちてしまいがち。

そんな時わたしは、無理にスタミナのつくものを…と思わずに、食べたいものを工夫して食べるー

というふうに心がけています。

例えば、素麺。喉ごしよくサッパリと戴ける有難いものですが、それだけでは栄養はとれません。

そこでその素麺を、冷やし中華風にアレンジ!

茹でて水洗いした素麺を、レタスをしきつめた涼やかな大皿に盛ります。

その上に、きゅうり・ハムまたは焼豚の千切り・錦糸卵・キクラゲ・メンマを彩りよくならべ、

プチトマトを飾ります(お好みでミョウガを入れても美味)。

だし汁に胡麻油と酢を加え、氷を入れて良く混ぜ合わせ、上からたっぷりかければ完成です。

きれいな彩りが沈んだ気持ちを晴れやかにし、さっぱりとした味が食欲をそそります。

恐ろしいほどに高くなってしまった鰻を食べずとも、充分スタミナがつくはず…。

ぜひ一度、おためし下さいませ。

 

 

 

 


みたまを癒す花
2012.07.14

 

栃木の旧市内のお盆は新盆。7月13日に、仏さまをお,迎えにいきます。

お墓をきれいに清め、故人が好きだったお花をお供えし、お線香に火をつけて…

しばし、故人との語らいです。
     

     「今日は暑いですね。お墓の中はもっともっと暑いのでしょう?」

     「いいや、お前が度々きて水を供えてくれるから、快適だよ」

     「家に帰れば、もっと快適ですよ。ビールも冷えてるし…さあ、帰りましょう」

     「そうか、そうか。では、一年ぶりに帰るとしよう」

  そんな会話をしながら提灯に火を灯し、一緒に家路を辿ります。

 

ところでー

故人が悲しく思うことは、なんだと思われますか。

好物だったものをお供えしてくれないこと?お墓が立派でないこと?

いいえ。わたしは 忘れ去られてしまうこと …と、思います。

生きている者でさえ、大切な人との間がだんだんと疎遠になり、忘れ去られてしまうことは、

たまらなく悲しく切ないこと…。

それ故、亡くなってしまった人の、その悲しみは察してあまりあるものと思えてなりません。

ですから、せめてお盆やお彼岸だけでも故人を思い出し、みんなでありし日の想い出話に

花を咲かせてみては如何でしょうか?

それはきっと…

どんなに豪華な花よりも清らかで美しい花となり、故人の御霊を癒すことでしょう。

 

 

合掌

 

 


 

このページのトップへ