• 栃木県栃木市の御菓子司、創業延宝元年『松屋』
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松屋から、四季折々の情景をお伝えします。

怒涛の一ヶ月
2015年4月4日

時の流れのはやさには驚くばかり…
ふと気がつけば、さくら満開の季節となりました。

 

この一ヶ月は、まさに怒涛の日々。
しかしその中でわたしは、様々なことを学ぶことができました。
このブログを読んで戴いている皆さまに、お役に立てる一助となるかもしれない…
そう感じましたので、以下は体験談として読んで戴ければ倖いです。

 

Facebookをご覧戴いている方はご存知だと思いますが、
わたしは今、松屋の仕事をしながら小山市にある会社をお手伝いしています。
その会社の社長さんは、五年前に心筋梗塞を患って一命をとりとめたものの、
三年前に、次期社長になるはずの30代の息子さんを突然失いました。
出張先で、朝起きたら亡くなっていたのです(やはり心臓のようです)。
さらには、最後の望みとしていたお孫さんも、
お嫁さんが実家に帰る事により断たれてしまいました。

 

これからどうしたらよいのだろう…

苦悩の日々を送られている中、
息子さんの一周忌の引き物をご注文戴いたのがご縁となり、
時々会社に訪問したり、夕食をご一緒したりしながら、
様々な悩みを聞いたり、ご相談を受けたりしてきました。
そしてある日、非常勤で良いから会社の役員として手伝って戴けないか…
と依頼され、私ごときに何ができるかわかりませんが、お役に立てるのであれば…
と、依頼を受けたのです。

 

そして次期社長として、会社を定年された方に専務として入社して戴きました。
その方は、偉大なる父をもつ息子さんが、自分が社長となる前に、
その人を社長として迎い入れ、その間社長としての自信をつけていきたいからと、
父である社長に頼んだ人でした。
社長がそれを快諾された五日後に、息子さんは亡くなります。
まるで遺言のような形になり、社長はその方を専務として迎い入れました。
社長はその方に、これからは鈴木由紀さんと上海の支店の李さんと三人で、
わたしの意志を継いで、会社を存続して下さいと頭を下げました。

 

それから約半年が経ちました。
誠実だったその専務が、日に日に変わって行ったのです。
会社を辞めたくない一人の年配者が、専務に取り入って、
様々な手をつかい、専務を祭り上げ、わたしだけならいざ知らず、
あろうことか社長までも早急に退いて、
専務を社長にするべくこうさくを始めました。

ある日、それが明るみに出ます。

 

社長は、専務をクビにすることを決断しました。
それは、とても辛く悲しい決断でした。
どんなに祭り上げられようと、
社長が最初に頭を下げ、どんな事があってもブレずに、
小欲に惑わされず王道を行って欲しい…
その思いを忘れてはならなかった。

 

誰にだって、私欲はあります。
ない人なんていません。
しかし、決してブレてはいけない事がある。
信頼というのは、心から信じているからこそ頼りとするもの…
それを裏切ることは、人として失格でありましょう。

 

人を雇う立場の方は、やはりしっかりとその人となりみて、
熟慮した上で選ぶことが大切であると痛感しました。

 

社内の多くの若い社員たちも、そのこうさくをくわだてた年配の上司に、
楽をして要領よく立ちまわる術を教え込まれ、
魂までもがフヌケとなっているのが現状です。
けれど今回のことで、悪だくみは最後にはあばかれるー
そう、骨身に沁みたはず。

 

お天道さまはみている

 

この言葉を噛み締めて戴きたい気持ちでいっぱいです。
新たに、社長の長年の親友的人物が入社される事になりました。
その人と共に、裸一貫一代で年商25億の会社を築き上げた社長のために、
相手から信頼される、より良い会社を目指していきたいと思います。

 

そのためには自ら率先して仕事をし、情熱を注いでいかなければ…
そう胸に刻んだ一ヶ月でした。

 

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